ビー玉を覗いた世界で生きる

ハンディのある自分を知るために書いてみます

記憶のデータ容量

精神疾患に罹ってから

それまで覚えていた事が出てこなくなったり、新しい事を覚えにくくなったりしました。

 

 そうなる以前は読んだ事のある本やドラマのセリフ、スーパーや本屋に陳列されている商品の配置や値札まで、ほとんど暗唱できるほどに覚えていました。

 幻聴に怯えて暴れて叫んで家族に押さえ付けられていた急性期を乗り越え、ある程度正気に戻ってから気が付いた事です。直後は実家の住所や電話番号すらあやしいほどに、ほとんどの事を忘れていました。少し時間が経ってある程度思い出しはしましたが、いつも頭にもやがかかっていて、以前のように鮮明には思い出せなくなりました。

 

 ある時、もともと折り合いが悪かった実家から逃げ出して住み込みの仕事を始めました。

 仕事の関係で、どうしても人の顔と名前を覚えなければいけない状況になりました。もともと得意ではありませんでしたが、仕事だからと思って覚えました。しかし、対照的に重要な事として保存されていたはずの記憶がどんどん消えていきました。そのフォルダが空になってしまったら、同じものでも初めて見聞きするものと代わりません。

 

 ひどく恐怖を感じる、嫌な事でした。今まで見聞きした情報を削ってまで覚えなければいけない事なのかと疑問にも思いました。

 私が悩まされていた幻聴は今まで関わってきた全ての人達が私を日夜監視していて、バカにして笑うために嫌がらせをしているというものでしたので、実体があろうが人を信用する事は全くできませんでした。

 

 なかには、そういう病気だと知っていてわざと通りすがりに悪口を言い、確認すると「えー、そんな事言ってないよ!病気のせいだよ!」と陰で笑うようなかたもいらっしゃいました。人がある程度近づいたら警戒しますし、鏡ほどの精度はなくとも反射するもの越しに口の動きは確認していましたので間違いありません。そのかたが更衣室で休憩中に「見えないように悪口言ってみたんだけどさー」と談笑していましたので確信犯です。

 

 未だになかなか人を信用するということはできません。全員が全員、悪意があるかたではないとも理解しています。他人がそれほど自分に興味がないとも頭ではわかります。

 しかし、どんなに自意識過剰と言われようと恐いものは恐い。できる事なら、最低限の人付き合い以外はしたくありません。店員さんがお客さんがひいた好きに従業員同士で喋っている事すら聞いていて恐いのです。

 

 ばかにされ、笑われるのを恐れて相談するということもできません。上司が心配して声をかけてくださる事もありましたが、それっぽい事を言って本音は話しませんでした。

 その上司はひとしきりアドバイスを言うと叱咤激励のつもりかばんばんと私の肩を叩き、後に「あいつ俺に相談してきてさ」と嫌味な笑みを浮かべて他の人に話して聞かせていました。

 こちらは本音は話していませんし、まずその上司が嫌いだったのでネタ探しだと最初から思っていました。触られるのが鳥肌が立つほど気持ち悪いとしか思っていなかったのですが、「お話しを聞いていただいてありがとうございました」と返せただけマシなのかな、と自分では思っています。

 

 今はもうその会社は退職しましたが、相談できる先は結局、カウンセリングで落ち着きました。先生と2人きりで、防音の部屋。業務上、秘匿されると約束された会話。病院のカウンセリングにはあまり良い印象がないので自費診療のカウンセリングルームに通っていますが、そちらにしてよかったと思っています。

 

 頭は使わないと急速に衰える、と聞いた事があります。今、私が会話をするのはパートナーと、カウンセラーの先生、病院の先生達とスタッフさん、母、あともう1人

 家事を担当し、自分で通院も服薬もできます。自分だけの食事は作る気にならないけど、2人分の食事なら作れます。1人で買い物に行くこともできますし、植物の世話もできます。賑やかな所は苦手ですが外食もできます。

 

 仕事はしたいです。でも、仕事を再開したら、今度はどの情報が私のなかから削られていくのでしょうか。もう使う事は無いであろう人の顔と名前とプロフィールを削った空き容量が、まだ残っているといいのですが。